滋賀県-甲賀市・水口町
江戸時代、東海道の宿場町として栄え、 今でもその面影を残す水口。 かの安藤広重の名作、東海道五十三次の錦絵に描かれた かんぴょう干しの風景は、水口の夏の風物詩でした。
ユウガオ(かんぴょう)を細長くむき、それを干す女性たち。江戸時代の浮世絵師・安藤広重の作品には、その様子が表情豊かに描かれています。また、
夕顔に かんぴょうむいて
遊びけり(松尾芭蕉)
かんぴょうむく 孤村の風の
日暮かな(尾崎紅葉)
など、かんぴょうをむく様子を趣深く詠んだ句も多く残っています。
水口かんぴょうの始まりは慶長の初め(1600年頃)。水口岡山城主であった長束正家(なつか まさいえ)の命により栽培が開始されました。その後、水口から国替えになった大名によって下野国(しもつけのくに)・壬生(みぶ)(現在の栃木県)に伝えられました。浅根性のユウガオは、水はけのよい関東の地質に合い、栃木県で広く普及していったのだそうです。
一方、水口でもかつては至るところにユウガオ畑がありました。しかし長い歴史とともに数は減少し、現在、伝統を守り続けるのは20軒に満たないほどとなってしまいました。そんな中、40年も栽培を続けている中尾博次(なかお ひろじ)さんにお話を聞くことができました。「水口かんぴょうはとにかくやわらかい。この辺りは、種蒔いてから夏場まで、じんわりと温度が上がっていく気候だからかな」と言います。
春に定植し、ツルが伸びてきたら畑にワラを敷き始めます。「ワラが玉のゆりかごになり、水はけもよくなる。雑草も抑える。これはずっと昔からや。時代が変わったと言ってもビニールじゃあかん」。そのワラは、中尾さんが昨年育てた米のワラ。自然の恵みを無駄にせず、使い切ります。
6月中旬からは、四方に伸びたツルの先を切り取る摘芯作業です。「いい玉をつくるために、栄養が方々に散らばらないようにして、いい玉ができそうなツルを見極めて摘芯するねん」。
また、この時期から盛夏にかけて、夕暮れ時の水口では少し幻想的な風景が見られます。ユウガオの白い花が天に向かって咲き始めるのです。「夜中じゅう咲いて朝7時くらいにしぼむんよ」。その花が受粉してひと月もたたないうちに玉は7〜8kgにも。ヘタの部分にかすかなヒビが入ったら収穫どきです。小さな子供くらいの重さの玉を地面からよいしょと持ち上げ、一輪車に山積みして母屋のほうへ運びます。「早朝5時半、最盛期には午前3時頃から畑に立つよ」と中尾さんはおしえてくれました。
母屋のほうには、実をむく電動の機械と干し場がありました。陶芸のろくろのような機械に乗せペダルを踏むと、スルスルーッと数十秒でひも状に。中尾さんの長年の技により幅3cm、厚さ3mmときれいにそろっています。今でこそ機械でむけるようになりましたが、広重の時代は、輪切りにして包丁でむいたといわれています。これを干して乾燥させるところが中尾さんにとってはさらなる手間。「日によって乾き具合が違うねん。夜は湿気があるから干しあがるのに2日はかかる。こまめに見に来て、竿にへばついたやつを離してやらんとあかんしね」。収穫して、むいて、干して。この作業は夏の間続きます。
「誇れる伝統が消え行くちゅうのは誰でも寂しいもんや」。近年、子供たちや栽培に興味を持つ人たちに積極的に働きかけるなど、町を挙げてこの伝統野菜を受け継ぐ活動が行われています。昔の人たちの心を動かした風景やおいしさが、数百年経った今も、私たちの心を動かす。それは何にも代えがたい幸福なのかも知れません。






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